不動産ミニバブル、秋葉原・六本木…――「余るカネ」一等地争奪

日経産業新聞 (P 24) 2005/03/22

REITなど先導、路線価の5倍も
 国交省は二十三日に今年一月時点の公示地価を発表する。東京都心の不動産価格はこれまでも上昇を続けており、都心部では土地やビルの争奪戦が過熱。景気回復によるカネ余りで巨額の投資マネーが不動産市場に流れ込み、相場とかけ離れた高値取引も目立つ。歴史は繰り返すのか。ミニバブルの現場を追った。
 電気製品の街、東京・秋葉原。一月二十日に「秋葉原八街区」の競争入札が行われた。この土地は、駅の北東側に位置する千二百三十三平方メートルの更地。JR秋葉原駅周辺では旧国鉄用地の再開発が急ピッチで進んでおり、同地区最後の大型物件が入札にかけられた。
 落札したのは「マキシマム」という誰も知らない会社。価格は公表されていないが、参加者によると九社が応募し、マキシマムが百四十一億円で落札したもようだ。二番手は八十億円台、三番手は五十億円台。「最高値」を意味するマキシマムの入札価格は群を抜いた。主催者が事前に出していた参考価格は四十億円。敗れた企業は「あの価格では手も足も出ない」とため息をつく。
 「マキシマムって何者だ」。不動産業界では憶測が乱れ飛んだが、やがて真相が明らかになる。その正体は特別目的会社(SPC)。今回の入札のため三菱地所が設立した会社だった――。
 「高値づかみではないか」。こんな業界の見方に、三菱地所の水上博史資産開発事業部副長は「一等地なのでキャッシュフロー(現金収支)が確実に見込める」と反論する。三菱地所は落札した土地に地上十五階建て程度のオフィスビルを造る計画。数十億円ともいわれる事業資金の大半は、証券化の手法で機関投資家から集める。今年十一月に着工、二〇〇七年夏に完成の予定だ。
 都心の地価が反転している。不動産流動化が始まった一九九七年以降、十兆円を超すマネーが不動産市場に流れ込み、優良物件の獲得競争が熱を帯びる。その最前線が、公有地や旧国鉄用地の放出で大規模再開発が進む秋葉原地区だ。
 二〇〇一年度、鹿島はJR山手線西側の都有地を三・三平方メートル(一坪)当たり約八百五十万円で取得。ソフト開発の富士ソフトABCも八街区の向かいの土地を同約千二百万円で購入した。これに対しマキシマムの取得価格は同約三千八百万円。条件が違うとはいえ、百メートルと離れていない土地が急ピッチで値上がりしている。
 秋葉原以外にも激戦区は広がる。
 東京・六本木。防衛庁共済組合が二月二十一日に競争入札を実施した。六本木ヒルズ青山霊園の途中にある一等地(約二千六百平方メートル)。十五社が入札し、住友不動産系のSPC「エスエフ・コンフォート」が落札した。価格は明らかでないが、路線価の五倍程度だったとされる。マンション適地が少なくなり、住友不は優良物件の手当てを急いだ。
 「三年前には路線価を下回る水準で買えたが、今では路線価の四倍でも買えない物件もある」。ある大手ゼネコンの不動産担当者は最近の取引の過熱ぶりを指摘する。取得価格の上昇は、ビルの採算を圧迫。昨年まで五%あった都心オフィスビルの投資利回りは一部で三%台も出始めた。
 不動産投資信託(REIT)のジャパンリアルエステイト投資法人は三月十日、「銀座三和ビル」を約百七十億円で取得した。目抜き通りの銀座四丁目交差点付近にあり、「銀座で二度と出ない物件」と言われた。業界関係者が購入価格から同ビルの予想利回りを試算すると三%。同社はもう少し高い利回りを見込んでいると反論するが、昨年ほどの利回りは見込みにくい。
背景に「低金利
 取引過熱の背景には長引く低金利によるカネ余りがある。
 新たな不動産の「買い手」として台頭しているのがREITや私募ファンド。日本のREITは二〇〇一年に二銘柄・時価総額二千六百億円で始まり、今では十六銘柄・二兆円近くに拡大した。不動産私募ファンドの資産規模もREITと肩を並べる。いずれも一九八〇年代のバブル期には存在しなかったが、今では急速に存在感を増し、優良物件を血眼になって探している。
 ただ、一皮めくってREITや私募ファンドへの資金の出し手を見ると、バブル期と顔ぶれはあまり変わらない。低金利で運用難に苦しむ地銀や都銀、企業年金などが資金の供給源になっているのだ。資金需要低迷に悩む銀行の積極融資が地価を押し上げるのはバブル期と似た構図だ。
 今のところ相場とかけ離れた高値取引は「点」にとどまっている。採算の見込めそうな物件だけが局地的に高騰しており、例えば秋葉原や六本木の地価が一律に「面」として急上昇するような事態にはなっていない。普通の会社が土地取引に手を出したバブル期と異なり、今は取引主体もREITなど不動産のプロに限られる。
 ただ最近は、日米間の金利差を利用してサヤ取りを狙う海外資金も日本の不動産市場に流れ込んでいる。物件取得競争の激しさはバブル期に劣らない。REITは最近、激戦の都心を避け、地方都市にも目を向け始めた。「新幹線に乗ってマネーが西へ西へとじゃぶじゃぶ流れている」(大林組の大林剛郎会長)。
 日本銀行量的緩和政策の解除を視野に入れ始めた。不動産ミニバブルの行く手には、長期金利上昇とビル投資利回り低下の逆風が待ち受ける。「局地的熱狂」がどこまで続くのか。先行きには危うさもつきまとう。

 マキシマムが落札した秋葉原八街区。現場に足を運ぶと、あたりは再開発工事の真っ最中だった。八街区には鉄の囲いが張り巡らされて中には入れないが、夜十時近くになっても工事のトラックがひっきりなしに行き来する。東側ではヨドバシカメラが今秋開店に向けビルを建設中。JR山手線を挟んだ西側では鹿島などが建設中の超高層ビル二棟がそびえ立つ。八街区だけが周囲のけんそうから取り残され、夜空が大きく広がっていた。
(木ノ内敏久)
【図・写真】マキシマムが落札したJR秋葉原駅近くの土地(点線で囲まれた空き地部分)